セルゲイ・シェプキン

すみだトリフォニーホールでセルゲイ・シェプキンのゴールドベルグ変奏曲を聴いた。
席は一階のほぼ中央だったが、トリフォニーホールは小さく、ピアニストの手の動きも良く見えた。
ピアノの音は中域から低域にかけては澱んだような鈍さがあり、高域は何故かペラペラキンキンとした裏返ったような音色で違和感があった。初めてのホール、演奏家なので原因はわからない。
シェプキンの演奏はシーツ・オブ・サウンドということばを思わせるもの。音を次々と重ねてたっぷりとした時空を形成してゆく。楽譜を分解提示するのではなく、音符で真っ黒になった楽譜がそのまま音になっている印象。それでいて時折小さく細やかな表情をすくい取るように提示しているのが興味深い。
緩急のダイナミズムは特に大きい。ゆっくりした変奏では間を巧く取って息詰まる緊張を作る一方、速いパッセージでも音を重ねることを決してやめず、音楽が崩れる手前まで持っていく。聴衆ははらはらして終始集中を余儀無くされる。ステージ近くの客席は照明で明るくなっているのだが、時折人々の頭がすうっと音楽に吸い寄せられるように伸びる幻想を見た。それは幻想ではなく実際に少なくとも数ミリは伸びていたのかも知れない。
曲が終わり、奏者がステージに呼び出されるたび、ゆっくり目覚めるように、拍手が大きくなっていったのが面白かった。
数回ステージに顔を出したもののアンコールの演奏をすることはなかった。奏者も聴衆もくたくたになる演奏だったように思う。