マリア様がみてる

人気ライトノベルの実写映画化。映画化は大長編の最初のみ。映画を観た後に該当部分だけ原作を読み、アニメを観た。特殊な世界観は少々敷居が高いが、一度その世界に入れば、細やかな人間関係が丁寧に描写されていて引き込まれる。
実写のメリットを活かすために、時間をたっぷり使って演者の表情を見せることに注力していることがわかる。例えば、祐巳が祥子の表情を読み取り「(先生を呼びに)行きませんわたし〜」と告げるシーン。マリア様の心の例えとしてサファイアが挙げられている違和感を、祐巳と祥子が共有していていたことが祐巳にわかるシーン。原作にはない、蓉子が祥子の手を取り、言葉を交わすことなく安堵の気持ちを伝えるシーン。そして文化祭の劇の前の祐巳と祥子が離れた場所からお互いを見つめて心を通わせるシーンなど、実写ならではの表現と感じた。
祐巳役の未来穂香は冒頭のモノローグから、たどたどしい語りでひやひやさせる。ところが、祥子を真似た「皆さんお騒がせしてごめんなさい〜」や、劇中劇では別人のように滑舌がよく、件の台詞回しが祐巳としての演技だったことが理解できる。ただもう少し控えめにしてくれた方が安心して見ていられたように思う。未来の演技で最も印象的なのはバラに囲まれた温室シーンでの、「でも祥子さま..」だろう。呟くような小さな声かつ短い台詞だが、祥子を思いやる気持ちが直接伝わってきた。原作では「でも、祥子さま!」であり、ニュアンスが大きく異なっていたのも興味深い。
もうひとりの主演である波瑠は、笑顔のほとんどない演出で原作とはやや異なる祥子となっていた。甘い映画としないために、わざとクールに振ってバランスを取ったということだろうか。確かに祐巳とのコントラストが際立ち、祐巳はより印象的になったとは思う。
映像的にいまひとつと感じた部分は、祐巳と祥子が二人だけで踊り、祐巳だけでなく祥子もダンスの楽しさを初めて知ることになるシーンだ。祐巳が体育館で最初に踊った時のようにカメラを回した方が、弾む心が観るものにも感じられたように思う。確かに固定カメラで息の合ったダンスは絵としてじっくり見られたが、ダンスだけで心を表現するまでは演技できていなかったと思う。
また、未来の子どもらしい鼻の稜線のゴツさが目立つカットや、お嬢様らしからぬ箸の持ち方、最後にマリア像の前で手を合わせるとき、指先が揃っていないことも、全体に丁寧に作られた中で粗さが目立ってしまっていた。
画質は残念ながら良くない。肝心の白いセーラーカラーの輪郭が滲んでいたり、古い建物の重厚さを強調したであろう暗い絵は、有機ELモニタで見ても黒の階調が潰れ、拘ったという制服の生地の質感が十分には伝わらない。出演者の誰かが大成し、将来リマスタリング版が出ることを期待したい。