ひかり



焼きそばを食べに富士宮の「ひかり」に行った。
駅からゆっくり歩いて20分以上。北高下の寺の脇の路地に隠れるようにあり、見るからに学生相手の駄菓子屋風。中を覗くとおばちゃんに「あ〜今ちょっと駄目だわ」と言われてしまう。店内に人気はないが、予約客がもうすぐ来る様子。
あきらめてまた15分ほど歩き「おじまや」に向かう。残念ながら定休日。少し歩いただけでも富士宮の街には焼きそば屋は本当に沢山あることがわかる。途中見かけた「きぶね亭」に並ぶことにする。こちらは大きい店で個室が中心。地元の親子連れが車でやってくる。酒も飲めるような雰囲気だ。皆、腰を落ち着けているようで回転が悪い。やはり初志貫徹で「ひかり」に戻ることにする。電話すると45分後に来るようにとのこと。しぐれと焼きそばを予め注文しておく。市民会館で時間をつぶしてから店に向かった。
店内は鉄板のあるテーブルが二つ。奥の小上がりには炬燵があって棚にはマンガが見える。アイスや駄菓子も売っていてこの上なく正しい駄菓子屋である。おばちゃんは優しい笑顔と控えめな物言い。若者相手の商売のせいか雰囲気は若々しい。
席に着くと鉄板の上にしぐれが出来ている。そば入りのお好み焼きだが、どちらかといえばそばの方にウエイトがあり、堅く焼かれてポキポキとした食感と香ばしさが楽しめる。味付けは薄く嫌みなく品の良い仕上がり。ビールに合いそうだが流石に置いてないようだ。
頃合いをみておばちゃんが焼きそばを作り始めた。鉄板の前に静かに立ち、鮮やかな手さばきと無駄のない動きで、シャキーンという小気味よい音もたてながらの調理。年期の入った所作は実に格好が良いといったらおばちゃんのキャラに合わないだろうか。
味はこれが焼きそばというジャンルのひとつの望ましい姿であることが自然にわかるもの。ソースの甘い香り、麺を手繰るとしっとりと濃厚な口当たり、歯ごたえは強くて重厚。はじめ濃厚と思った味はしかし食べ進めるうちに意外にさっぱりと薄味であることがわかる。独特の粘性がそう感じさせていたようだ。イワシ粉も全くくどくなく、面白いアクセントとなっている。
焼きそば300円。富士宮の人達は質素な素材でも熱意をもって取り組んで、日本一といわれる焼きそばを作り上げた。誰かひとりの偉い料理人がいたのではなく、焼きそばを愛する多くの市民と店のおばちゃんたちがそれを実現したことが何より素晴らしいと思う。